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ladybirdm1206

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登録日: 2026年2月9日

記事 (4)

2026年3月25日3
涙は、次へ進むための準備運動                    
不登校の子どもと向き合っていると、ふとした瞬間に涙があふれてしまう。 そんなときがありませんか。 「母親なんだから、しっかりしなきゃ」  そう思って、必死に涙をこらえ、 がまんを重ねてしまう方も多いと思います。     でも、涙をがまんし続けていると、 心のキャパシティはいつのまにかいっぱいになってしまいます。   そして、思わぬところに その影響が出てしまうことがあるかもしれません。   「何もしたくない…」 そんな気分になったり、 本心ではない言葉で家族を責めてしまったり。 夜、なかなか眠れないこともあるのではないでしょうか。       泣くことは「弱いこと」ではありません。    涙には、たまった感情を外に流し、 心を浄化してくれる役割があると言われています。      私自身も、これまでに数えきれないほど いろいろな涙を流してきました。   不安なことを考えているわけではないのに、 ふいに涙がこぼれてきたり…。   電車の中で、周りの人の目も気にせず、 涙があふれて止まらなくなったことも 一度や二度ではありませんでした。      「涙の量って決まっているのかな?」...

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2026年3月25日3
母親はなぜ、子どもにしがみついてしまうのか               
朝、カーテンを開けるのが怖かったあの頃。娘 たち が不登校だった時期。 どうして、あんなにも必死だったのか。  子どものため。もちろん、それもあります。 でも――それだけではありませんでした。 正直に言うと、怖かったのは、私自身でした。  夜になると、布団の中でスマホを握りしめていました。 「不登校 将来」 「不登校 母親の責任」 「このまま どうなる」 検索履歴は、そんな言葉ばかり。 制服姿の学生を見るだけで、胸がざわつく。      「ちゃんと育てられなかった母」 そう思われるのが、怖かった。 子どもが学校に行けなくなると、 自分の存在そのものが否定されるような感覚がありました。 「私は母として失格なのではないか」 その思いが、胸の奥にずっと居座っていたのです。 だから私は、“学校に行く”という結果にしがみついていました。 学校に戻れれば安心できる。 元に戻れれば、なんとかなる。 私は大丈夫だと思える。 そう信じていました。   でも、ある日。 娘に言われた言葉があります。 「“お母さんが悪い”って言われるのが一番嫌だった。あの時のお母さんが大嫌いだった」  ...

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2026年3月25日3
心がゆるむ場所
最近、娘たちと接していて、「それぞれが自分の“居場所”を探しているんだな」と感じることが増えました。 その空気感を感じるたび、うれしくなります。 「居場所」って何だろう? “居場所”という言葉を調べてみました。そこにはこう書かれていました。   自分が安心して過ごせる場所 心の落ち着きを得られる場所 また、自分の役割や存在価値を 感じられる場所などを指す   この中でも、私は 「自分の役割や存在価値を感じられる場所」 というのが 心に留まりました。       ぴったりの靴のように   たとえば、新しい靴を履いたとき、最初は少し違和感を感じますよね。 でも、履き慣れてくると、だんだん自分の足に馴染んできて、 ぴったり合うようになると、違和感も薄れていく。 「居場所」も、それに少し似ている気がします。 見た目ではなく、自分の気持ちが落ち着ける場所。 「ここでいい」ではなく、「ここがいい」と心から思える場所。       不登校渦中には見えなかった「居場所」   振り返ると、不登校の渦中にいた頃、 私も、そしてきっと子どもたちも、 「居場所」という発想すら持てなかったと思います。...

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